じゃれあう
「今日は雷蔵のお陰で任務が円滑に進んだな」
「そうだろう? 流石、私の雷蔵」
「なんで三郎が得意げなんだよ」
実習が終わり、ようやく学園に戻ってきた五年生の面々は学園の門を見た途端、各々が安堵した表情になった。やはりこの門をくぐると帰ってきた実感がわくようで、さっきまで張り詰めていた緊張の糸が解ける。
颯爽と現れた事務員の小松田さんに「戻りました」と丁寧に挨拶をし、一同は一列に並んだ。い組から順番に入門表にサインをしていく。サインが終わると夕刻の空に照らされる学園内を歩き出した。向かう先は一先ず長屋の方のようだ。
「俺は早く風呂に入りたいよ」
尾浜勘右衛門の言葉に竹谷八左ヱ門が続く。
「あぁわかる。汗もだが昨晩の雨のせいで少しばかり泥も浴びた」
それからすかさず久々知兵助が悩ましげにため息をついた。
「俺は、早く豆腐を作りたいなぁ」
豆腐と聞いて思い出したように、あ、っと再び八左ヱ門が声をあげる。
「俺も風呂の前に動物たちにエサをやらないと」
これからどうするかについて語る面々から遅れをとるようにして、不破雷蔵が後ろを歩く。その足取りは不自然に重く、肩もどことなく落ち込んでいた。異変にいち早く気がついたのは当然のことながら鉢屋三郎だった。
「雷蔵?」と呼びかけても雷蔵は返事なく項垂れている。三郎は雷蔵の道を阻むように前に立ち、一歩距離を詰めた。もう一度、声を掛ける。二人の様子に他の五年生たちも立ち止まり、心配そうに見つめた。
「ほらこっち向いて、雷蔵」
「う、うん……」
雷蔵の顔を自分に向かせようとしたのだが、瞳はぼんやりと虚空を見つめ、しばらくしてやっと三郎を映した。
三郎は慣れたように、自らの額と雷蔵の額を重ねる。
「あぁ、これは熱があるな。だから昨晩、厚着しろと言ったのに」
「ごめん、三郎の言う通りだった……」
雷蔵のか細い声には、どこか罪悪感が滲んでいた。
昨晩徹夜で読んだ本は確かに今日の任務に役立ったが雷蔵が倒れてしまっては意味がない。それじゃあ本末転倒だ、と三郎は思う。
「さ、私と一緒に医務室へ行こう」
「……三郎も疲れてるのにごめん」
三郎が「ほら」とおぶろうとしたのを、雷蔵が首を振って止める。
「自分で、歩けるから」
「承知した」とだけ答えて、三郎は雷蔵の手を握り先導するように歩いていった。
二人が遠ざかっていく姿を見て、残された五年生は呆然としていた。
「雷蔵大丈夫かな?」
「三郎がついていれば問題ないだろう」
「今日は新野先生もいらっしゃるからね」
「それにしてもなんか俺みちゃいけないものをみてしまった気分」
すかさず兵助が先ほどの場面の異様さを言葉にした。
ちらっと八左ヱ門の方を見るが、八左ヱ門は涼しい顔をしている。
「今のあれ、額合わせるやつって素でやってるわけ?」
勘右衛門が胡散臭そうな目で八左ヱ門を見たが、一年の頃からすっかり慣れ切っている彼は表情一つ崩さない。
「まぁ、いつも通りだな。毎度のことだけど、あの二人の距離感を疑い始めたらきりがないだろう?」と二人の両肩をがっしり掴んで再び長屋の方へと歩くよう促した。
「それもそうか〜」
「それもそうだな」
あとで雷蔵の様子見に行こうなと言いながら三人は、ろ組の名コンビが額を合わせている姿を脳裏から消し去るようにして歩き出した。