鉢雷ワンドロワンライ『女装』
僕の髪に触れる三郎の手は、まるで蜜が溢れないようにと掬うようで落ち着かない。
そんな壊れ物のように扱わないでくれよと頼んでも「変装する過程からもうなりきらないと。今から雷蔵は村娘になるんだからさ」なんて筋の通ったような調子のいいことを言う。
「さ、じっとしていてくれよ、雷蔵」などと言われてしまえば僕は髪が結われていくのをただ静かに耐えるしかなかった。
本でも読んでいれば良かった。そう思うのに、手を伸ばしても届きそうな距離になくて、ただその触れる指先を感じている他ない。
耳にかかった髪を三郎が掬い取る。
そのままうなじまで手ぐしを通す。
普段、肩に思いっきり寄りかかってくるのとは違う。優しい触れ方だった。
なんだかくすぐったくて身動きをとると、三郎がくすりと耳元で笑う。
後ろを振り返ってその顔がどんな顔をしているのか見たいのに、今それはできないから僕は静かにその時を待った。
「できた」
鼻歌でも歌い出しそうに上機嫌な三郎がこれまた喜々として言う。
「完璧な村娘の完成だ」
「ありがとう、三郎」
「雷蔵の髪をまとめるのは私だけに許された特権だな」
得意げに笑う三郎に、僕は微笑み返した。
「乱すのも、お前だけだね」
三郎が呆けた顔で僕を見つめて固まる。
その手が伸びてきて、僕の腕をそっと掴む。
「……授業やすみたい」
ろ組の学級委員長らしからぬ、不真面目な発言だ。
三郎の手を振り払って僕は「ダメだ」とだけ返す。
立ち上がり、先に行ってるからと長屋を出た。僕が行けば三郎は後からついてくるとわかっている。
ばったり廊下であった竹谷八左ヱ門がおかしそうに笑う。五年もいれば僕達に何があったのか大体察した顔だった。
「あれ、三郎は?」
「もう少し時間かかるって」
「また何かやらかしたのか?」
「今日は僕がしてやったんだ」
「雷蔵が? 珍しい。もっとやったれ。三郎にとって雷蔵の一撃は百万力だからな。授業出れると思う?」
「三郎なら意地でも出るよ」
「それもそうか」
三郎が現れたのは授業開始のギリギリで、来て早々に僕を呼び止めて囁いた。
「君の髪を乱したいから、今日は変装を解くのも私にやらせてね」