とある冒険者(光の戦士)が一目惚れしたのは守銭奴であり東アルデナード協会クガネ支店番頭のハンコックだった話。

冒険者の設定
♢名前⇒リュヌ
◇裁縫師と彫金師のマイスター。
◇ヴィエラ♂(攻め)
◇金髪に空色の瞳
◇ハンコックにはクガネに来て初めて会った瞬間一目惚れした
◇実際のストーリーとは一切関係ないイチ妄想です
以上踏まえた上でなんでも許せる方のみこの先へお進み下さい。

────────────────────

「リュヌさ……」
 名前を呼ばれる前に唇を塞ぐ。自分よりも頭一つ背が低く、いつもギルのことしか頭にない男に、今だけは自分を見てほしかったからだ。
 時間はほんのわずか。片手で数える程度だったと思う。軽く触れるような少し遠慮がちなのはリュヌがハンコックに口付けするのがこれが初めてのことだから。幾度も想像した彼の唇。想像よりもずっと柔らかい。
 そっと口付けを終え、ハンコックを見る。彼は抵抗一つなく、ただリュヌが次に何をするのかと静かに見ているようだった。
 リュヌはゆっくりハンコックの左手を取って薬指に指輪をはめる。 
「受け取ってほしい」
 ここまですれば流石に伝わるだろう。早鐘を打つ心臓の音を感じながらじっとハンコックを見つめた。
「これはこれは、やはり貴方の作る指輪は逸品中の逸品。素晴らしいデスネ」
 美しく研磨された宝石は、アメトリン。ウルダハの宝石商が特別にと譲ってくれたものだった。
 紫のアメジストに金のシトリンが混ざり合う妖艶な宝石を見た瞬間、ハンコックに絶対似合うと思った。リュヌはハンコックのサングラスの奥に隠れた瞳の色が深く濃い紫色をしているということを知っていた。アメトリンを見た瞬間からもうハンコックにプレゼントすることしか頭になかった。
「ハンコックの為に、作ってきたんだよ」
「オォ〜、光栄デス」
 曖昧な返事に「ちゃんとわかってる?」とサングラス越しの彼の瞳に訴える。
「もちろんですよ。これは大事に大事に、顧客の元へ届けるつもりデス」
 やっぱりか。
「ちが……そうじゃなくて」
「さぁゆっくりしている暇はありません。もうすぐ商談のお客様がいらっしゃいますから今日はもうお帰りくださいネ」
「またそうやって……ああ、もう」
 リュヌに背を向けて、ゆっくりと今にも割れそうなガラスでも扱うように指輪を外す。そっとその顔を盗み見れば、たいそう嬉しそうに笑っていた。だからいつもそう。何も言えなくなってしまう。また駄目かと落胆する。だけど同時に、確かにその指輪を見てうっとりとしているハンコックがいたことに嬉々としてしまう。
 可愛くて、愛おしいという気持ちがぽっと浮かぶ。これが恋に落ちた者の定めなのだろうか。
「また次も楽しみにしてますネ」
 まったくずるい男だと思う。
 どうしたら、この食えない男を振り向かせることができるのだろう。それがここしばらくの悩みの種だ。

 ──キスしたのに今回もだめでした。
 第一波止場。
「えっ番頭に接吻……?」
 手元に持っていた帳簿から顔を上げ、驚く。
「やはり半端者ではないとは思っていましたがリュヌ様……相当ですね」
 東アルデナード商会、クガネ支店の仕入れ担当キキモは肩を落として立ち尽くすヴィエラ族の男を見やり、鯛を釣る番頭を想像した。番頭もこんな大物釣り上げて、どう煮るおつもりなのでしょうと内心でひっそりと考えてはみたものの二人のやり取りを普段から目にしているわけもなく徒労に終わる。
 初めてこのヴィエラ族の英雄に出会ったのは遡ること数ヶ月前だ。
 見上げてもまだ顔が見えないほど背の高いすらっとした細身の男に突然声をかけられた。でっか。思わずポロリと漏れそうになるのを抑える。
「対戦いいですか?」
 トリプルトライアド。それは時々キキモが挑戦を受け入れているゲームだ。仕事で疲れた頭には丁度いい息抜きになる。
 リュヌと名乗った男と、いつものように対戦を行う。多種多様な挑戦者がキキモの元を訪れるが、その日はなかなかに熱中したゲームができたと思う。大敗を期した末にキキモは一抹の悔しさと共に東アルデナード商会番頭ハンコックのカードを相手に渡した。
 リュヌはしばらくそのカードを見つめ立ちつくしていた。
「え、泣きます?」
 なんの面白みもなくただの人相書きのようなハンコックのカード。そのカードを見てポロポロと泣くリュヌの姿に目を疑う。
「かわいい……」
 かわいい……。反芻してみたが、それは番頭のことを言っているのだろうか。だとしたらこの男の目は節穴か。
「見てください、これ。このなんの表情も読み取れない顔を」
「まぁサングラスをかけてますから、表情は映りません」
「どんな気持ちでカードのモデルをしたんでしょうね……自分が商品にされることで少しでも金が稼げるとかそういうこと考えてたのかな……ああもうなんでもいいけど、かわいいです」
 ダメだこいつは救いようがない。恋というものは盲目という魔法にかかることだとはよく言われるが、眼の前の男が今まさにそれなのだろう。キキモはただ可哀想なものを見る目でリュヌを見つめたのだった。
 あの日から、時折こうしてリュヌが訪れてくるようになった。裁縫師のシックなテイラー姿の彼も、彫金師独特の鮮やかなターコイズで染められたジェムキングコートを着ている彼も、色白優男なのにもったいない。いつも少しだけ肩を落として、どこか青白い顔をしてここへ来るのだから。
「それで、接吻の効果はいか程に、とお聞きしたいところですがその様子だとあまり芳しくはなかったのでしょうね」
「効果ゼロに等しいです」
「番頭はリュヌ様を金づ……商談相手の一人としか見ていないのか、はたまた何か考えが別にあるのか。いづれロロリト会長が一目置く男ですから、一筋縄ではいかないでしょう」
「今、金づるって言おうとしましたよね、キキモさん酷い! まぁいいんですけどね。はっきり言ってくれるところは嫌いじゃないです」
 いいんだ、とキキモは心の中で静かに突っ込む。
「今まで散々色んなものをハンコックにプレゼントしてきたんですけどね。どれも一瞬嬉しそうな顔をするだけで、全部売られてしまってるんです。完敗だ……」
「確か今までリュヌ様が用意されたのは、ターコイズの首輪に、ガーネットの腕輪、ブラックパールの指輪と……」
「あとはスピネルの耳飾りです。なるべく日常的に身に着けられるものがいいのかなって思ったんだけど、どれも見事に売りさばかれました。今回持っていったアメトリンの指輪もあの様子じゃ売ってしまうんだと思います」
 売れた後、会いに行くと少し上機嫌で可愛いです、と付け加える男になんとも言えない気持ちになる。
「そうですね……もしかしたらリュヌ様の贈り物は“目立ちすぎるもの”なのかもしれません」
「目立ちすぎ? 確かに耳飾りや指輪は目立つかもしれませんけど、腕輪や細めの首輪でも駄目ですか? 袖や服に隠れますよ」
「お気持ちはわかります。ですが、商人は決して自身の羽振りの匂いをお客様にさらけ出してはならないと私は思うのです。つまり、あまり普段から高価なものを身につけることがありません。腕輪や首輪もふとした瞬間にお客様の目に入ってしまうのは危ういのです。例えば、クガネの商店街を一度ご覧ください。あそこに立つ客寄せも、店番も誰一人として高価なものは身につけてはいません。クガネの街を綺羅びやかに彩るのはお客様であって私達商人ではないのです」
 はっと、何かを思い浮かんだようだった。リュヌは来た時とは少し違う、わずかに確固とした考えがあるような強い色を瞳に浮かべた。
 そして、「僕は浅はかでした」と呟くように言ったのだった。

「今日はこんなものを持ってきたんだけど」
 ハンコックはやってきたリュヌを見上げた。その表情はいつもの子犬のような笑みではなく、少し背筋がゾワッとするような、何かを隠しているような笑みだった。
 渡された包をテーブルに置き包装を解いていく。
「お待ちしておりました。さて本日は一体どのような……これは……?」
 少し驚いたような、勘ぐるような、そんな声音でハンコックはリュヌに問う。
 眼の前に差し出されたものが、今まで冒険者が持ってきたどれよりも質素なものだったからだ。
「これはハンコックがいつも着てる着物に羽織。ちゃんとピーコックブルーに染めた。今度から僕が仕立てたものをハンコックに着てほしいんだけどどうかな?」
 ──オォ〜、そうきましたか。
 独り言のように呟く。それにしてもこの変わりよう、一体何がそうさせたのだろうか。ハンコックは少し考える。
 後程探らせましょう。そう心に決めてから答えた。
「いいでしょう。帯留めに使われている紐はもう少し安価な糸のはずですから、以後、お気をつけくださいネ」
「以後ということはまた作ってきてもいいってこと?」
「ええ、頂けるのであれば。しっかり代金はお支払い致しマ〜ス」
 ──理由と原因がどうあれ、今回ばかりは少しばかり飴をあげなければなりませんネ。
 テイラー姿のリュヌに向き合うと、ハンコックは首元をぐいっと自分に寄せるように引っ張った。引っ張られるなんて微塵も思っていない英雄は抵抗もなく、案外あっさりと体制を崩す。
「えっ」
 まだこの背の高い男には足りないかとハンコックも軽く背伸びをする。
 数日前、不器用で子供のようなこのヴィエラ族の男に口づけをされた。
 淡く純粋な恋心をぶつけたような甘さだったなと思い出す。だけど、純粋さだけの真っ直ぐな恋なんて味がしない。
 柔らかいその唇を舌で舐める。びくりと震えるリュヌにそのままくちゅりと音を立て口づけをした。下唇を甘く噛めば、わずかに口が開く。開かれた口内に隠れた舌を探り、遊ぶように自らの舌先を絡めた。
 リュヌの手はしばし行き場を失ったようにぎこちなく彷徨っていたが、しばらくキスをしているうちにハンコックの肩に落ち着いた。
 ハンコックがリュヌの胸を右手で抑え、軽く突き返したのはちょうどその直ぐ後だった。
「さてさて、続きはまた今度にしましょうネ」
 熱に熟れたリュヌの瞳がハンコックを見つめる。ギラギラとした視線を躱し、肩に置かれた手にギルの袋をそっと握らせた。
 一歩も動けないリュヌを見て、くすりと笑う。
「リュヌさんは案外独占欲の強い方なのデスネ」
 その一言だけ残して部屋を後にした。しばらく呆然とした後、リュヌが一人、呟いた。
「続き、あるんだ?」

 それから数日も経たないうちに、リュヌはまた東アルデナード商会クガネ支部を訪れた。部屋に入るなり、ハンコックの着ていた服を上から下まできっちり指差しチェックする。

「ちゃんと着てくれてるんだね」
「それは、着心地は確かにいつも通りですし、この見事な再現度、誰一人として仕入元が代わったことに気が付きません。流石デスネ」
「ハンコックが喜んでくれるなら、僕はなんだってできる気がするよ」
 リュヌの笑みが、最近少しだけ変わったとハンコックは思う。可愛さと純情さに溢れていた英雄はいつの間にか、少しだけ大人びたような笑みをする。ただ真っ直ぐに笑えなくなった、と言ったらいいのかもしれない。
 ──単に微笑まれたくらいじゃどうにもならなかったんですけど、オカシイですネ。
 ニコッとどこか影のさす笑みを向けられると心臓が一際大きく脈を打つ。
 唇を重ねる寸でのところでリュヌが止まる。サングラス越しに見える彼の顔。近すぎて一瞬息をするのを忘れた。そのまま口づけされるのかと思ったが、リュヌは唇を避け首筋にすーっと鼻先を滑らせた。くすぐったさよりも先に肌に差した熱がバレないかと少し焦る。
 誰かに見られたらあまりの距離の近さに恋仲を疑われるに違いない。それくらいの距離感でじゃれてくるリュヌを、ハンコックは拒否することなく、だけどなるべく平然と受け入れる。別段、嫌な距離感では無いと思っているからだ。
 ──万が一にも誰かに見られることなんてありえませんし、ネ。
 ここは東アルデナード協会、クガネ支部番頭の部屋だ。防犯、防音完備。何一つ気兼ねなく自由の効く場所なのだから。
「そういえばつい最近、一度だけこの着物一式と羽織を紛失したのですが、何かご存知ありませんか?」
 顔色一つ変えないハンコックに、リュヌもまた顔色を変えず平然と答えた。
「そんなことあったんだ。許せないね。僕が探して懲らしめようか?」
「いいえ、リュヌさんのお手をわずらわせる程ではありませんヨ。しかし、犯人を見つけた暁にはひどくお仕置きしなければなりません」
「それは怖い。けどハンコックにお仕置きされるならそいつが少し羨ましいかも」
 どの口がと思うのと同時に、ああ、少しずついい顔になってきたとも思う。
 商談では事を素早く正確に。ウルダハ人気質の悪癖をやめられないのだが、時として色恋沙汰には逆効果なのだとハンコックはわかっている。だから、少しずつ、少しずつ時間をかけてゆっくりと、焦らずに慣らしてきた。結果、もう少し心も体も許しても良いかもしれないと思えるようになった男が目の前にいる。
「なら、いつかお仕置きされてみますか?」
「それは楽しみだなぁ」
 ハンコックがリュヌの頬を軽く撫でる。リュヌはその手を愛おしそうに握り、指先にキスをした。

 夕時のこと。東アルデナード商会の番頭が常駐している部屋を何度かノックしたが返事がない。試しにそっと扉を開けてみると鍵が空いていて、簡単に中に入れてしまった。部屋を見渡せば床の間の前の小上がりの縁に寝そべっているハンコックがいた。リュヌは静かに隣に腰掛けて「ハンコック? 寝てるの?」と話しかけてみた。
 ハンコックから返事はなくただ小さな寝息を繰り返していた。
「無防備すぎて怖い。仮眠する時はちゃんと鍵をかけてからにしてほしいよ、ハンコック。しかも寝てる時までその胡散臭いサングラス外さないんだね」
 唇になぞるようにして触れれば、ふんわりと柔らかい。もうここ数日、この男とキスした感覚がずっと離れずにいた。どうしてこんなに小さくてぷくぷくで柔らかいのか。こんなにも薄い唇なのに、触れてみたらぜんぜん違うのはどういうことだろう。山師なのは口調だけじゃなくて体もだったってこと? と、ただのハンコックオタクであるリュヌの心は穏やかではない。
「ああ、もっと触れたいなぁ。いつもあんまり触らせてくれないから」
 ゆっくり、覆いかぶさるようにしてキスをする。触れるような丁寧なキスを三度。これは誠実なキスだからまだ許される、とわけのわからない持論を心のなかで唱える。三度目のキスの最後に唇を軽く吸うと、ハンコックが「はぁっ」と悩まし気な呼吸をした。これ以上は不誠実。だけど、今我慢してしまったら、次が来るのはいつだろう。そう思うと体が動いていた。以前ハンコックにされたように見様見真似で口内に舌を滑らせる。
「ンッ……アッ……」
 流石に目が覚めたのだろうハンコックが寝ぼけたように弱々しく舌を絡めてくる。かわいい。やっぱりハンコックはかわいい。もっと虐めたい。
 ようやく唇を離すと、ハァ、ハァと長く深い呼吸の合間にハンコックが言った。
「オォ〜、これはこれはリュヌさん、お盛んで」
「起こすつもりは無かったんだけど、ごめん、ついつい出来心で」
 申し訳無さと、恥ずかしさとでハラハラしながらどこうとして、ぐいと腕で止められる。
「もう少しこのままいてください」
「えっ? でも……」
「ネ?」
 ネ、なんておねだりするような言い方をされて従わない奴なんていない。
「わかったよ」
 ハンコックを組み敷くような状態で動かずにいると「リュヌさん、私と一つ賭けをしませんか?」と突然、提案された。
「賭け? 怖いな。ハンコックは頭がいいから、参加した時点で僕が負けそうだ」
「なら、やめておきますか?」
「うーん、そうだなぁ。もう少し詳しく聞かせてくれたら前向きに検討しようかな」
「いいお返事デス」と嬉しそうだ。
「リュヌさんはキスマークというものを、ご存知デスか?」
「それくらい知ってるよ」
「ここにならつけてもいいデスよ」
 ハンコックは着物の胸をはだけさせると、右胸の突起とその下からヘソのあたりまで、すーっと指を動かした。
「はっ……?」確かに願ってもないけど、まだ賭けの内容は不透明だ。
「それのどこが賭けになるの?」
 むしろご褒美しか無い。この人に自分のものだという印をつけられるのだから。いくつもアザをつけられたハンコックの肌を想像するだけでもゾクリとした。
「もし一週間後にキスマークが一つでも残っていたら続きをしましょう」
「そんなの、乗るに決まってる……と言いたいけれど、もし賭けに外れたらどうするの?」
「私の言うことを一つ、どんなことでも叶えて欲しいのデス。例えばそうデスネ……かのエウレカの地からキャシーイヤリングをとってきてもらう、とか……アッ、ハッ……」
 気がつけばそのプクリとした右胸の突起に齧り付いていた。ハンコックはいつにもなく声を上げ、嬉々として快感を楽しんでいるようだった。
「あ、まだ返事が……ンンッ」
「のった。キスマークが残っていなかったら、なんでも言うこと聞くよ」
 右胸の突起から下にかけてチュッチュッと音を立て、強く吸っていく。まるで甘い蜜でも吸うように丁寧にけども少し荒々しく。
「アッ……もっと、強く吸わないと一週間なんてもちません、よ……んっ……」
 脇腹にキスをすると、ハンコックの腰がくねる。もういっそこのまま下腹部に触れてしまおうか、そう思った瞬間、ハンコックの両足がリュヌの腰を抑えつけた。
「オォ、リュヌさん続きは賭け次第ですから、ネ? なら今することはこっちでしょう?」
 まるで操り人形のように、この人には逆らえず、逆らわずに従うことが至福だった。
「もし賭けに勝ったら、もう一つお願いしても良い?」
「なんデスカ?」
「そのサングラス外して続きをさせて?」
「部屋を暗くするのなら構いませんヨ」
 それからすりガラスの窓がいつの間にか常闇に染まるまで、リュヌはハンコックの肌にアザを刻み続けた。

 ──やけに支給された給与が多いのは何故だろう。

 ここ最近の仕入れリストを見直してみるが給与額が突然跳ね上がる程の成績を残してはいない。
 しかしながら、いつもは浮かない顔をしたヴィエラ族の男が一変して嬉しそうな顔をして歩いてくるのを見た瞬間、これだ……と思った。
「キキモさん、また来ちゃいましたよ」
 番頭が臨んだ展開がこれだったということか。だとすると、意図せずとも私は貢献できていたということなのだろうか。
 ひとまずはありがたく収めてはおくが、しかしどこかで番頭が英雄とキキモとの関係を知ったのかと思うと、これからは下手なこともあまり言えないとな思った。
キキモはどこか見えない糸のようなものが周りにはられているような緊張を感じた。
「僕、ついにやりました」
「ええ、そのようですね」
 明らかにオカシイ給与明細をそっと仕入れリストの下に隠して、キキモはリュヌの様子を伺う。
 嬉しそうにニコニコと。
 ──心配せずともこれからは私のような相談相手などいらないのでしょうね。
「ちょっと今日は落ち着かなくて。これからハンコックに会いに行くんだけど」
「いつもとは少し事情が違いそうですが、詳しくは聞かないこととしましょう。ご不運を祈っておりますね。さて番頭の所へ行かれる前にトリプルトライアドでもされますか?」
「あんまり頭が働かないけど一戦だけお願いしようかな」と懐からきっちりハンコックをデッキに含めた手札を出したのだった。

 きっとこれからは、こうして時々トリプルトライアドをするだけの相手に戻る。そういうことですよね、番頭?

「さて、確かめてみますか?」
 その瞳は紅玉海に夕日が沈むような深い紫だった。夕日そのものではなく、その隣でひっそりと輝く海の色。夕方と夜の境目のような色は赤にも染まらず、漆黒にも染まらない。美しいというより、静かでただじっと見つめただけで吸い込まれそうな気がした。
 サングラスを外して、こうして瞳を晒しているってことはつまりそういうこと? リュヌは言葉にはせず、部屋の電気を消した。
 ソファに腰掛けていたハンコックをゆっくりと推し倒す。紫の瞳がじっとリュヌを見つめている。まっすぐ見つめ返したいけれど、少し恥ずかしくておずおずと見つめ返す。そのままキスをしようとしたが細い指を唇に当てられ、留まった。
「先に確認して下さい」
 ぐっと堪え、ハンコックの指を甘噛してから着物の帯を指先でゆっくり丁寧に緩めていく。
 脱がす、その行為自体が嬉しくてたまらない。しかもリュヌ自身が縫った着物だと思うとなおさらだ。
「ちゃんと残ってる」
 ハンコックの胸から臍部にかけて複数のアザがうっすらと残っていた。毎晩、この人は服を脱ぐ時、アザが残っているか眺めて気にかけていたのだろうか。そんなことを考えながらトントンといくつかを指の腹で小突くとハンコックがやんわりと指を絡めてくる。
「賭けは僕の勝ちだ」
「今夜もまた上塗りして下さいますか?」
 この男は本当に誘うのが上手いと思う。
 リュヌは乗せられるままに一週間前散々口づけした右胸に吸いつく。舌先で転がして可愛がっていると不意に耳を噛まれる。反射的にビクッとリュヌの長い耳が反応してしまう。わざとらしく耳元で息をはぁっ吐かれるとたまらない。その声もずるいくらい扇情的で熱っぽい。
「ちょっ……ちょっと待って、耳は自分でもどうにもならなくて、恥ずかしいから。それに変な気分になる」
「変な気分にさせてるんですから、合ってマ〜ス。それに、恥ずかしいということなら私も同じですヨ。私のアイデンティである例のサングラスをつけていないと少々落ち着きません」
「綺麗だよ。ハンコックの瞳の色好き。ずっと見ていたい。できたら二人きりの時は外してほしいくらい」
 人の瞳を見て自然と綺麗だなんて口をついてでるなんて、今まで初めてだったから自分でも驚く。
「外すのは遠慮しておきます。それに紫は……無地鼓座で言えば心身を患っている者の証です」
「ハンコックだって患ってるよ。恋煩い」
 リュヌの言葉に、ハンコックが驚いたような顔をしてすぐにククッと笑った。
「まぁ、少しくらいリュヌさんに当てられてはいるかもしれません」
 気がつけばスーツの前ボタンを手際よく外されて、さらに下のファスナーをハンコックが下ろす。
「あっ、ちょっ……」
 指先でそっとなぞるように、パンツ越しにペニスに触れられ声が出る。
「ここも、もうたんまりと膨らんできてますネ」
 そういう可愛いことを言う。こちらがどんな気持ちでいるのか、多分そこまでハンコックはわかってやっているのだと思う。
「あ、また膨らみました」
 ハンコックが熱っぽく耳元で言う。その時だった。ぷつんと自分の中で何かが切り替わる。早くハンコックの中に入れたい。一つになりたい。独り占めしたい。好き。一目惚れした日から募らせていた思いが爆発する。
 服を床に脱ぎ捨て、ハンコックの足を掴んで肩にかける。秘部にそっと指で触れるとそこはハチミツのように柔らかく既にに解されていた。自分で準備したんだ。そう思うだけで鼻血が出そうなくらい興奮する。
 そのまま難なくリュヌの指を飲み込んでいくとハンコックの頬に少し赤みが差した気がした。
「リュヌさんの指、ながっ……んっ……」
「そうだね、ほらハンコックの手よりこんなに長い指がもうあっという間に三本もお腹の中に入っていやらしい音立ててる」
 わざとハンコックの手と自分のを合わせて、指の長さを見せつける。自分で解したのだろうけれど、流石のハンコックでもリュヌの指先が触れるような奥には届かないだろう。
「ほらここ、さっきビクッてなったところ、また嬉しそうに震えてる」
「あっ、あっ……もう……」
「もう、どうしたいの?」
「中に、挿れて下さい……」
 ガンガンとその言葉が頭に鳴り響くようだ。嬉しくて幸せで思わず笑顔で頷いた。
「僕をここで目一杯受け入れて、可愛がってくれる?」
 ハンコックの秘部にそっと自分の竿を押し当てるとそれだけではぁとハンコックの悩まし気な声が漏れた。紫の瞳がはやくとでも言いたげに切なそうにリュヌを見つめる。
「可愛い。好きだよ、ハンコック」
その言葉と共に、二人は初めて一つに重なり合った。

 ハンコックは商人だ。それもストリート・チルドレンとしてウルダハを彷徨っていた彼がその地頭と努力をもってのし上がってきた実力派。ロロリト・ナナリトもお墨付きときた。
 そんな男が果たして、愛やら恋やらというものに無償で応えるのだろうか。その疑問はずっとなかったわけじゃない。常に頭の片隅には置いていた。
 だけどまさかこのタイミングで言われるなんて、一体誰が想像するだろう。

「中に出したら貸し一つですからね」
「えっ、あっ、ずるい……んっくっ……」
 ギリギリで抜こうとした腰をぐいっと足で引き寄せられ阻止される。その甘い肉壁の中に再び押し込まれ深く繋がった。容赦なくリュヌのペニスが脈打ち、ハンコックの腹の中を白く深く汚していく。
「あっ……ハンコック、なんで……」
「我慢できなかったリュヌさんが悪いのデス」
 確かに反論の余地は無いが、それにしても今くるか、と半分悔しさ、半分関心といった気持ちが入り交じる。だけど、彼は少しそっぽを向いて言ったのだ。
「貸しはまた来週、ちゃんと返しに来て下さい」
 これは多分、そう、彼なりの可愛いおねだりなのだろうと、リュヌはそう解釈しつつ再び熱を持ち始めた竿を奥深くまで穿ったのだった。

 時々、リュヌと二人だけの時間を作っては恋人のような真似事をしている。この関係に名前がつく日は有るのだろうか。だって相手は優秀な裁縫師であり彫金師では有るが、同時に自由に愛された冒険者様なのだからとハンコックは思う。
「かわいい……ハンコック、好き……だけどあんまり無理させたくないんだよ」
 好きという言葉に時々複雑な気持ちに駆られながらもその言葉をうまく受け流している。そして、今一時の性欲へと変えていく。
「まだまだリュヌさんのこちらはお元気のようですヨ」
 ヘソから下のちょうどリュヌが入っているところ。薄い皮膚の上をハンコックが人差し指と中指で形をなぞるようにスライドしていく。既に何度もハンコックの腹に白濁を注ぎ、萎え始めていたリュヌの下半身が再び熱を持ち始めた。
「そういうことするハンコックが悪いんだからね……後悔しないでよね?」
 ゾクリとした。その瞳。ずっと追い求めていたもの。最近リュヌが度々ハンコックに向けるようになった視線に半笑いしながら答える。
「ええ、お手柔らかにお願いしマスネ」
 小上がりの上。騎乗位で交わっていた二人だったが、リュヌが体制を変えた。壁際に連れていかれ、逃げられないように抑え込まれる。リュヌの両肩に両足をかけさせられて、そのまま挿入された。
 最近思うがこのヴィエラ族の男は、ハンコックの動きを拘束したり制限するのが好きらしい。みっともなく身動きが取れずに頬を染めるとじっと真剣な目が熱をもって見下ろしてくる。
 今日も何度も深いところを強く突きながらじっとその空色の瞳がハンコックを追う。
「んっ、あっ、あっリュヌ、さん……あっ……」
「ここ、もう少しで入りそうだね」
「んっ、いい……いいですよ、そこもっと深く……強くしてくだ、さい」
「エッチな人……」
「あっ、あっ、そこ、入っ……」
 クパッとハンコックの腹の奥が不意に拓く。すかさずねじ込まれたリュヌのカリの部分がピッタリと空いた直腸に挿し込まれた。
「ああ、イキッぱなしになってる、ハンコックかわいい……もっとイって、気持ちよくなって」
 リュヌの言葉が半分くらいしか理解できない。自分の身体が飛んでいるような感覚になんとか息をするのが精一杯だった。
「はっ、はっ、んっ、あっ」
「呼吸早いね。落ち着いて、ほら肩で息して。奥、トントンッて気持ちいいね」
「あっ…イッく……また、イクッイッてますか、らアァッ、ダメっ……」
 口端をつーっと糸のように細くよだれがだらしなく伝い、床にこぼれ落ちるのが見える。たまらなく屈辱的なそれをリュヌが見ているのがわかる。
「可愛い。もっと僕に夢中になって。僕で気持ちよくなってハンコック。ほらいくよ」
 深く嵌めたまま、緩く出し入れされる。それだけで体がビクビクと震えて怖い。
「アッ、アッ、グポグポ、だめ、です……」
「苦しいね。でも自分から腰振って、本当にエッチだね」
 いつの間にこんなに理想の男になったのだろう。チカチカと意識が飛びそうになる直前にふと思う。もっと少しでも長く、繋がっていられたらいいのに。そう思うのに多分、次に目を開けた時はまた何でもない冒険者と商人に戻っているのだろう。

「声が枯れました。これでは仕事になりません」
 少し不服そうに言うとリュヌの耳が切なそうにやや下を向く。
「ごめんなさい。次はもう少し優しく丁寧にするね」
 これが本当にさっきまでハンコックの身動きを封じて思いのまま穿っていた男なのだろうか。それくらい今はまるで子犬のようなリュヌを眼の前にして、ため息が出る。
「はぁ……次、もし手を抜いたら許しませんからネ」
「ハンコック、もう……」
 ガバっと包み込むように抱きしめられる。
──それってわざと言ってる?
 そんな風に小さく言った言葉を今日も聞こえないふりをする。
「何か言いましたか?」
 後ろを振り向くように見るとリュヌがチュッと音を立てて唇を重ねてきた。
 少しでも、この男を繋ぎ止めておく。餌や鎖だけでは足りず、もっと確固たる関係でいられるようにと。いつか万策尽きるその日まで、この頭で試行錯誤しましょうか。

────────