恥じらい(20250228)

 任務実習の帰りに二人で寄った小川には桜が満開で、風が吹けばさらさらと花びらが舞う。
「こんなところあったんだね」
「私もここは知らなかったなぁ」
 どこか落ち着ける場所はないかと辺りを探していると、三郎に「髪に桜がついてる」と言われ、引き止められた。
 三郎の指先がそっと髪に触れ、桜の花びらを掴んで離すと花びらは土色からすっかり桜色に染まりきった地面に落ちる。
「とれた」と言う三郎に「ありがとう」と返す途中で視線がぶつかる。そのままにやりと笑みを浮かべる三郎に口吸いをされそうになって、すんでのところで止める。
「ちょっと待って、三郎」
「なんだい、雷蔵?」
「誰かが見てるかもしれないだろう」
 気配は無いにしても、ここは学園にも近い距離だし、こんな野外で隠れもせず堂々と口吸いなんてするわけにはいかない。
「誰もいやしないさ、見てるとしたら桜くらいだろう。それとも雷蔵は花に向かって恥じらう程恥ずかしがり屋だったか?」
 挑発的な三郎を木陰に引っ張って、今度は僕の方からその口を塞ぐ。三郎はしばらくはされるがまま、口を重ねては離れてと繰り返す。それから、僕の頭に手を添えた。実習終わりということもあって、なんだか猛烈に口同士、触れあうのが心地よい気がして、しばらく互いを慰めるように何度も触れ合った。

 乱れた息を整えていると「長屋に帰ったら続きさせて」と三郎が立ち上がり手を差し伸べてくる。彼の耳も首も、ほんのり赤くなっているのを僕は見逃さなかったし、おそらく僕もまた彼に負けじと赤くなっているのがわかるくらい頬が熱かった。
「任務の報告が終わってからね」
「心得た」

 あの桜の場所にもう一度行ってみようと思って鍛錬途中に駆け回ってみたのだけれど、もう二度と見つけることはできなかった。長屋で三郎にそのことについて話をすると「やっぱり桜が私と雷蔵を見ていて出禁にされたのかも」なんてことを言い出すものだから思わず笑ってしまった。
「僕はまたお前とああやってゆっくり花見をしたいけど」と言いかけのところで、三郎に唇をちゅっと塞がれる。
「ほら、あの日の桜を思い出すだろう?」
 そんな三郎に抱きしめられながら、僕達は出禁にされて正解かもしれないなと思うのだった。

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