鉢雷ワンドロワンライ『一緒に昼寝』
3h弱
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——流石に、疲れた。
“いつもの”学園長先生の思いつきで呼び出された学級委員長委員会の仕事を終えて、ため息と共に、愚痴をこぼしながら長屋へと続く廊下を歩く。
降り積もる雪が廊下に吹き付けて、寒さに思わず肩を震わせる。夏のうだるような暑さも苦手だが、それ以上に凍えるような冬の寒さも苦手で、自分の気持ちがどんよりと沈んでいくのが手に取るようにわかる。
夕飯まではしばらく時間があるから、早く長屋で温まりたい。ひと眠りもしないとやりきれない。
そういえば今日は図書委員会の当番じゃないはずだから、長屋に雷蔵もいるかもしれないと思うとわずかに気力も戻ってきた。
ふらつく足取りで歩いていると五年長屋の前に、見覚えのある良い子が二人。ちょうど私と雷蔵の部屋の扉を叩こうとしているところだった。
摂津のきり丸と二ノ坪怪士丸。つまり察するに図書委員会の一年生だ。
「きり丸、怪士丸、私達の長屋の前で一体どうしたの?」
「あ、鉢屋先輩……ですよね?」と不安そうに聞いてくるきり丸に、私はいつも雷蔵がするような優しい笑みを向けた。
「どっちだと思う?」
「多分、お疲れのようなので鉢屋先輩なんじゃないかと思うんですが」と怪士丸が答えた。おや? と思う。
「どうしてそう思うんだい?」
「さっき僕ときり丸は、一年は組の庄左エ門に会ったんです。庄左エ門、学園長先生の急な思い付きで呼び出された後だったみたいでなんだかぐったりしていて……なので鉢屋先輩もお疲れなのかなって思って……」
「悔しいけど、正解だよ」と答えると二人は嬉しそうに目を輝かせ、それから少し残念そうな顔をする。一年生の表情はいつ見てもコロコロ変わって忙しない。
「そんながっかりするなよ? それで二人は雷蔵に何の用事?」
「それが、図書室の本の中で南蛮の書物に虫食い文書が見つかって……流石に僕ときり丸はまだ南蛮文字に関してはわからないので先輩に頼ろうかと思いまして」
「中在家先輩も今外出中でいらっしゃらないので、不破雷蔵先輩にお願いしようという話になりました」
「そっか、じゃあ雷蔵の出番ってわけだ」と言いながら長屋の扉を開けながら「らいぞー」と同室の男の名を呼ぶ。しかし、返ってきたのは返事ではなく、穏やかな寝息だった。すっかり眠りこけた雷蔵が部屋の中に見え、一先ず扉を閉める。
「雷蔵、今ちょっと立て込んでるみたいだから、私からすぐに行くように伝える。二人は先に図書室に戻っていてくれるかい?」
「かしこまりました」
「はい。じゃ、よろしくお願いしまーす」
礼儀正しい返事と調子の良い返事に頷いて、見送った。その背中が遠くなったところで、長屋の中に入る。
枕元に座り、じっと雷蔵を見つめた。すぐに「……ふふ」と笑い声が聞こえた。
「なんで寝たふりしてるんだ」
「だって、お前と後輩の良い子達のやりとりを聞くのが面白くて」
「聞き耳を立てるなんて悪趣味じゃないか」
「何言ってるんだい、三郎。僕達は忍者の卵だよ? 聞き耳くらい立てるさ。年下に厳しいお前が、図書委員会の子達には随分優しいところがあるよね? どうしてなのかな、って思ってさ」
「さて、どうしてだろう? いつも雷蔵がお世話になってるからかな」
雷蔵の隣で添い寝するようにして寝転がると、雷蔵が、布団を上げてくれたのでそのまま滑り込む。
布団の中は温かくて、疲れた体にはあまりにも居心地が良かった。
隣の雷蔵はというと、三郎の言葉に思い当たる節があるらしく、そう言われてみればと納得していた。
「確かに。僕はあの子達に普段からよく助けられているかも。お前は本当に僕のことをよく見てるね」
「それに君があの子達を大事にしてるのがわかるんだよ。雷蔵が大事なものは私も大事なのさ」
「なるほど。それであの子達も先に行かせたの? 外で待つには今の時期、寒すぎるから。お前は優しいね」
「……雷蔵だって私のことをよく見てるじゃないか」
「当たり前だろう。何年、お前の傍にいると思ってるんだい? さぁ、そろそろ行ってくるよ。二人をあまり待たせちゃ悪いからね」
「いってらっしゃい」
雷蔵が布団から出て、身なりを簡単に整えてから「夕飯までには一度戻るから。三郎、お疲れ様。いっぱい休みなね」と言い残して長屋の扉から出ていった。
すっかり静かになった長屋で、一人頭まですっぽりと布団をかぶると雷蔵の残り香に包まれた。嗅ぎ慣れた香りに安堵しながら、雷蔵の体温ですっかり温まった布団の中で目を閉じる。
なんとなく、雷蔵はこの布団、私の為に温めてくれていたのかなと思い当たる。
「優しいのはどっちなんだか」
そんなことを呟きながら、いつの間にかぐっすりと眠りについていた。

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